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逆援助交際イスラム教(いすらむきょう)またはイスラーム(稀にイスラーム教)とは、唯一絶対の神(アラビア語でアッラーフ)を信仰し、神が最後の預言者たるムハンマドを通じて人々に下したとされるクルアーン(コーラン)の教えを信じ、従う一神教である。

ユダヤ教やキリスト教と同様にアブラハムの宗教の系譜に連なるとされる唯一神教で、偶像崇拝[1]を徹底的に排除し、神への奉仕を重んじ、信徒同士の相互扶助関係や一体感を重んじる点に大きな特色があるとされる。

イスラム教はアラビア語を母語とするアラブ人の間で生まれ、神がアラビア語をもって人類に下したとされるクルアーンを啓典とする宗教であり、教えの名称を含め、宗教上のほとんどの用語はアラビア語を起源とする語である[2]。

イスラム教に帰依する者(イスラム教徒)は、アラビア語起源の言葉でムスリム(مسلم muslim)といい、ムスリムは、自らの教えの名を、アラビア語で「身を委ねること」「神に帰依すること」を意味するイ逆援助交際スラーム (الإسلام al-Islām) の名で呼ぶ[3]。「イスラーム」は「神への帰依」を意味すると解されており、「ムスリム」(イスラム教徒)は「神に帰依する者」を意味する[4]。

また、「イスラム」という名称は、他の主要な宗教のように創始者(または民族)の名称を宗教名に冠していない(即ち、ムハンマド教とならない[5])。この理由には諸説あるが、主な宗教学者[6]の解説によれば、イスラムが特定の人間の意志によって始められたものではないこと、及び国籍や血筋に関係なく全ての人々に信仰が開かれていることを明示するためであるとしている。

今日、この宗教を呼ぶ際に日本で一般的に用いられているイスラム教とは、アラビア語のالإسلام(イスラーム)という言葉が英訳表記された「Islam」に由来するものである。一方、近年、研究者を中心に、アラビア語の長母音をより厳密に反映した「イスラーム」という言葉が好んで使われるようになってきた。高等学校世界史教科書や参考書、あるいは書店に並ぶ本や雑誌においても「イスラーム」の表記が用いられることが増え、一般にも定着しつつあるといえる。[7]

なお、日本を含む東アジアの漢字文化圏では、古くは「回教」と呼ばれることが多かったが、現在はどの国でもイスラームの名に基づく呼称が一般的であり、あまり用いられていない。中国語では現在も一般名称としてムスリムを“回民”と呼ぶ。


[編集] 信徒数と分布
今日、ムスリムは世界のいたるところでみられる。異論はあるが、11億人の信徒があると推定されていて、世界で2番目に多くの信者を持つ宗教である。ムスリムが居住する地域は現在ではほぼ世界中に広がっているが、そのうち西アジア・北アフリカ・中央アジア・南アジア・東南逆援助交際アジアが最もムスリムの多い地域とされる。特にイスラム教圏の伝統的な中心である西アジア・中東諸国では国民の大多数がムスリムであり、中にはイスラム教を国教と定め、他宗教の崇拝を禁じている国もある。もっとも、世界的に見ればムスリム人口の大部分は中東諸国以外の人々であり、世界のムスリムに占める中東諸国出身者の割合は20%に留まっている。

世界のムスリム人口は、多子化やアフリカ内陸部などでの布教の浸透によって、現在も拡大を続けているとされる。また、移民として欧米諸国など他宗教が多数派を占める地域への浸透も広まっており、イギリスではすでに国内第2位の信者数を有する宗教である。また、現在の勢いがそのままだと、まもなくアメリカ合衆国で2番目の宗教になると推測されている。

しかしながら、近年はわずかながら他宗教への改宗によりムスリム人口が減少している国も存在する。特にタジキスタンやウズベキスタンといったCIS諸国(旧ソ連諸国)では、ムスリムのロシア正教など他宗教への改宗が目立ってきている。ただ、現在では他宗教への改宗及び棄教行為はリベラルな法学者や信徒の間では自由とされているものの、クルアーンやシャリーア、ハーディスなどに書かれているように歴史的には死罪となるのが建前であり、現在でもこの立場を取っている法学者も多い。

なお日本人ムスリムの総数は、大規模な調査が行われていない事もあり、はっきりしていない。過去に行われた調査では数千〜数万程度のばらつきのある数字が提示されているため、最大に見積もっても信徒数は5万名に届かないのではないかと推測されている。


[編集] 教典
イスラム教の教典(聖典)は、アラビア語で「朗唱されるもの」という意味をもつクルアーン(コーラン)である。クルアーン自身の語るところによれば、唯一なる神が、人類に遣わした最後にして最高の預言者であるムハンマドを通じて、ムスリムの共同体(アラビア語でウンマ)に遣わした啓典(キターブ)であり、ムスリムにとっては、神の言葉そのものとして社会生活のすべてを律する最も重要な行動の指針となる。

イスラム教では、神(アッラーフ)が、預言者を通じて人類に下した啓典が、人類にとって正しい信仰の拠りどころになると考えている。

ムハンマド以前から、神は様々な共同体に預言者を遣わして、啓典を下してきた。しかしそれらのうちでもクルアーンは、神が人類に啓典を伝えるために選んだ最後にして最高の預言者であるムハンマドに対し、最も明瞭な言語であるアラビア語を用いて人々に与えた啓典であり、アラビア語で書かれたクルアーンの言葉は神の言葉そのもので、最も真正な啓典であるとされている。

このような性格のために、イスラム教は、アラビア語を解するアラブ人のための民族宗教であるかのようにとらえられたこともあるが、一方で、クルアーンは全人類のために下された啓典といわれており、普遍宗教としての性格を有するとされる。
このうち、特にイスラム教の根本的な教義に関わるものが神(アッラーフ)と、使徒(ルスル)である。ムスリムは、アッラーフが唯一の神であることと、その招命を受けて預言者となったムハンマドが真正なる神の使徒であることを固く信じる。イスラム教に入信し、ムスリムになろうとする者は、証人の前で「神のほかに神はなし」「ムハンマドは神の使徒なり」の2句からなる信仰告白(シャハーダ)を行うこととされている。

また、ムスリムが取るべき信仰行為として定められた五行(五柱ともいう)は、次の5つとされている。これに、聖戦(ジハード)を6つめの柱として加えようという意見もあるが、伝統的には上の5つである。

これらの信仰行為は、礼拝であれば1日のう逆援助交際ちの決まった時間、断食であれば1年のうちの決まった月(ラマダーン、ラマダン)に、すべてのムスリムが一斉に行うものとされている。このような行為を集団で一体的に行うことにより、ムスリム同士はお互いの紐帯を認識し、ムスリムの共同体の一体感を高めている。集団の一体感が最高潮に達する信仰行為が巡礼(ハッジ)であり、1年のうちの決まった日に、イスラム教の聖地であるサウジアラビアのマッカ(メッカ)ですべての巡礼者が定まったスケジュールに従い、同じ順路を辿って一連の儀礼を体験する。


[編集] イスラームにおける天国
イスラームにおける天国(جنّة jannah) は、信教を貫いた者だけが死後に永生を得る所とされる。キリスト教と異なり、イスラム教の聖典『クルアーン』ではイスラームにおける天国の様子が具体的に綴られている。

イスラームでは男性は天国で72人の処女(フーリー)とセックスを楽しむことができる。彼女たちは何回セックスを行っても処女膜が再生する[8]ため、永遠の処女とされる。また決して悪酔いすることのない酒や果物、肉などを好きなだけ楽しむことができるとされている。[9]

後述する『ジハード』に関しても、過激派組織が自爆テロの人員を募集する際にこのような天国の描写を用いている場合が少なくないとされ、問題となっている。[10]

しかし、これらの描写は比喩的なものに過ぎないという意見もある。また、処女とは間違いで、実際は白い果物という意味だという説もある。


[編集] 社会生活
ムスリムは、クルアーンのほかに、預言者ムハンマドの膨大な言行をまとめたハディース(伝承)に、クルアーンに次ぐ指針としての役割を与えている。その理由は、ムハンマドは神に選ばれた最高の預言者であるから、彼の言行のすべては当然に神の意志にかなっていると考えられるからである。また、ムスリムの実生活上の宗教や日常に関するさまざまな事柄を規定するために、クルアーンやハディースを集成してシャリーア(イスラーム法)がまとめられている。

これらは教典ではないが、教典を補ってムスリムの社会生活を律するものとされており、その範囲は個人の信条や日常生活のみならず、政治のあり方にまで及んでいる。信仰の共同体と政治的な国家が同一であったムハンマドの存命中の時代を理想として構築されたイスラーム社会の国家は政教一元論に立っているのであり、ヨーロッパのキリスト教社会の経験から導き出された「政教分離」という概念はそもそもイスラームに適合しないという意見が存在するのはこのためである。但し後述するようにその遵守の度合いは極めて大きな差があり、トルコのような国家も存在しているため一概に政教分離が不可能であると決め付けることは出来ない。イスラムの特異性を過度に強調したステレオタイプ、もしくはキリスト教優越主義や欧州中心主義ではないかという批判もある。

ムスリムは少なくとも建前の上ではクルアーンやシャリーアの定めるところにより、日常生活においてイスラームの教えにとって望ましいとされる行為を課され、イスラームの教えにのっとった規制を遵守することになっている。教義の根幹として掲げられる五行はその代表的なものであるが、これらは社会に公正を実現し、ムスリム同士が相互に扶助し、生活において品行を保ち、欲望を抑制して、イスラームの教えにのっとってあるべき社会の秩序を実現させようとするものである。

公正の実現と不正の否定は、伝統的なイスラームの社会生活において特に重要視されていたとされる。伝統的社会においては、個々人がシャリーアを遵守し、イスラーム的価値観にのっとった公正を実現すべきものとされた。公正は商取引の規制にまで及んでおり、シャリーアに適合しない商取引は不正とみなされる。また、ザカート、サダカなどの喜捨の制度によって弱者を救済することは、現世の罪を浄化し、最後の審判の後によりよい来世を迎えるために望ましい行為とされ、イスラーム社会を支える相互扶助のシステムとなっている。社会的弱者に対する救済はイスラームの教えにおいて広く見られ、一夫多妻制のシステムも、建前の上では母子家庭の救済策であったとされている。

品行を保ち、人間の堕落を防ぐためとして、自由を制限する教えもみられる。保守派ムスリムが女性に対して家族以外の男性に対して髪や顔を隠すよう求めていることはよく知られているが、これは性欲から女性を保護する目的が本旨であると保守的イスラムを擁護する論者は主張している。このためキリスト教同様婚前交渉を禁ずる教派が殆どだが、実際には国家や個人、世代によって戒律を遵守するか無視するかは多様である。酒は戒律上禁止されているとする教派が主流であるが、それは飲酒が理性を失わせる悪行であると考えられているからである。しかし、コーヒーやタバコのように、イスラム教の教義が確立後にイスラーム社会にもたらされた常習性や興奮作用のある嗜好品については、酒と類似のものとして規制する説も歴史的には見られたものの、今日では酒と異なって合法的なものとみなされることが殆どであり、いずれもムスリムの愛好家は非常に多い。また酒にしても、禁令とは裏腹に、イスラーム社会で広くたしなまれていたことが知られている。トルコ、イランなどではイスラム化以降も盛んに飲酒が行われた。

「清浄」に対する強い意識も特色であり、動物の死肉や血など不浄なものが体に付着したまま宗教的行為を行ってもそれは無効とみなされる。また、礼拝の際には、体の外気に触れている部分(手足、顔など)は必ず水か日光で消毒された砂で清めなければならないとされている。 総合的に見ると、やはり中東地域(特にイラン、サウジアラビア)から離れるほど、一般的に律法としてのイスラームの教えは緩和されている。


[編集] 教団組織
イスラム教における信徒の共同体(ウンマ)は、すべてのムスリムが平等に参加する水平で単一の組織からなっていると観念されることが多い。

従って、キリスト教におけるように、宗教的に俗人から聖別され、教義や信仰をもっぱらにして生活し、共同体を教え導く権能を有する「聖職者」は建前の上では否定されており、これが他宗教に見られない特徴と主張する人間もいる。このことから「イスラムに『教皇』はいない」と言われることもある。しかし、六信や五行に代表されるような信仰箇条や信仰行為の実践にあたって、ムスリムを教え導く職能をもった人々としてウラマー(イスラーム知識人)が存在するため、実質的には聖職者が存在するともいえる。宗教的ヒエラルキーには教派による違いも存在している。

ウラマーは、クルアーン学、ハディース学、イスラーム法学、神学など、イスラームの教えに関する様々な学問を修めた知識人を指すが、彼らは社会的な職業としてはイスラーム法学に基づく法廷の裁判官(カーディー)、モスク(礼拝堂)で集団礼拝を指導する導師(イマーム)、宗教的な意見(ファトワー)を発して人々にイスラームの教えに基づく社会生活の指針を示すムフティー、イスラームの諸知識を講じる学校の教師などに就き、ムスリムの信仰を導く役割を果たしている。ウラマーは信仰においてはあくまで他のムスリムと同列に置かれており、建前の上では聖職者ではない。そのためキリスト教や仏教などと違い社会的な特権(税金の免除等)は無いがため、普段はほかの職業の就いている事も珍しくは無い。しかし宗教上は他の宗教における聖職者と同様の役割を果たした。このため、マスコミなどではしばしばウラマーは「イスラム教の聖職者 (cleric)」と報道されている。


[編集] 歴史

[編集] 始原
西暦610年頃のラマダーン月に、ムハンマドはマッカ(メッカ。以後の表記は「マッカ」)郊外で天使ジブリールより唯一神(アッラーフ)の啓示を受け、アラビア半島でイスラーム教を始めた。最初、彼が人々に伝えた啓示の教えはマッカで迫害されたため、622年、ムハンマドはヤスリブ(のちのマディーナ(メディナ))に逃れる(ヒジュラ)。

ヤスリブにムスリムのウンマ(イスラーム共同体)を建設したムハンマドは周辺のアラブ人たちを次第に支配下に収め、630年ついにマッカを占領した。その翌々年にムハンマドはマディーナで死ぬが、後を継ぐイスラーム共同体の指導者として預言者の代理人(カリフ)が定められた。


[編集] スンナ派とシーア派の分離
ムハンマド死後もイスラーム共同体の勢力拡大は留まることは無く、4代の正統カリフの指導のもとイスラーム帝国と呼びうる大帝国へと成長していった。結果、ムハンマドの後継者のリーダーシップの下、イスラム教は急速に拡大し、現在に至るイスラーム勢力範囲の確立にも繋がった。イスラム教勢力が改宗の他にも、軍事的征服で拡大していったことが最も大きな要因とされる。

しかし、拡大とともに内紛も生じ、3代カリフの死後、4代以降の座を巡って、ムハンマドの従兄弟アリーとその子孫のみがイスラーム共同体を指導する資格があると主張するシーア派(「アリーの党派(シーア・アリー)」の意)と、それ以外のスンナ派(「ムハンマド以来の慣習(スンナ)に従う者」の意)へと、イスラーム共同体は大きく分裂した。結局、イスラーム帝国はウマイヤ家のムアウィーアがカリフ位を世襲して支配する。これに対して、政治的少数派となったシーア派は次第に分派を繰り返していき、勢力を狭めた。


[編集] イスラーム帝国の時代
8世紀半ば、ウマイヤ家のカリフ統は、よりムハンマドの家系に近いアッバース家に倒され、アッバース朝が成立する。アッバース朝はアラブ人以外でイスラームの教えを受け入れた者をムスリムとしてアラブ人と同等に扱う政策をとったため、ここにイスラーム共同体の国家はアラブ帝国から信仰を中核とするイスラーム帝国に転換したとされている。アッバース朝のもとで、それまで征服者のアラブ人の間だけに殆ど留まっていたイスラム教の信仰はペルシア人などの他民族に広まっていった。

また、国家としてのイスラーム帝国も、アッバース朝の下で空前の繁栄を迎えた。この時代、ムスリムの商人は広域貿易を盛んに行い、西アフリカ、東アフリカ、インド、東南アジア、中央アジア、中国などへ旅立っていったので、しだいにイスラム教の布教範囲は広がっていった。

また、神学をはじめとする多くの学問が栄え、イスラーム法(シャリーア)が整備されていった。一方で、素朴な信仰から離れ始めた神学への反発からスーフィズム(イスラム神秘主義)が生まれ、イスラーム以前の多神教の痕跡を残す聖者崇拝と結びついて広まっていった。

しかし、同時にアッバース朝の時代には、イベリア半島にウマイヤ家の残存勢力が建てた後ウマイヤ朝、北アフリカにシーア派のファーティマ朝が起こり、ともにカリフを称し、カリフが鼎立する一方、各地に地方総督が独立していった。こうしてイスラーム共同体の政治的分裂は決定的になる。


[編集] 近代
近代に入ると、イスラム教を奉じる大帝国であるはずのオスマン帝国がキリスト教徒のヨーロッパの前に弱体化していく様を目の当たりにしたムスリムの人々の中から、現状を改革して預言者ムハンマドの時代の「正しい」イスラム教へと回帰しようとする運動が起こる。現在のサウジアラビアに起こったワッハーブ派を端緒とするこの運動は、イスラーム復興と総称される潮流へと発展しており、多くの過激かつ教条的なムスリムを生み出した。一方で順調にリベラル思想を見につけイスラムの改革を行う人々も多数出現し、イスラームは前近代にも増して多様な実態を持つことになった。


[編集] 現代のイスラム教を巡る諸問題

[編集] 政治的問題
イスラームの項目でもあるように、「イスラム教は宗教的理念のみならず、民間の慣習や政治に深く関わっている。そのため、政教分離を特徴とするシステムとイスラーム的なシステムは相矛盾する」という主張がある。これは伝統的社会秩序を維持したい保守派ムスリムによって主張されることが多い。そのためどの程度折り合いをつけるかが、20世紀以来のイスラーム社会の大きな問題となってきた。

多くの国は、政教分離原則と保守的イスラムの間で融和を図ろうとしているが、こうした姿勢自体に対する反発も根強い。いわゆる「イスラム原理主義」、あるいは政治的運動としてのイスラーム主義は、こうした改革に反対し、可能な限り保守的イスラームの伝統、クルアーンの教えにのっとらねばならないと主張する。しかし、世界経済の進展や、国際社会に対する欧米諸国の国力の圧倒的な優位のもとではイスラーム主義的な主張は多くの困難を抱えており、武力を行使してまで理想の実現をはかる人々も少なからずあらわれる。ホメイニーが指導するイラン革命やアフガニスタンのターリバーンがそれである。

また、中東戦争など、ムスリムが大多数を占める国々に対する欧米諸国の介入を目にして、欧米のキリスト教社会がイスラーム社会を圧迫し、蹂躙していると構図でとらえるムスリムは多い。にもかかわらず、イスラーム諸国は国際的な発言力が大きいとはいえないし、イスラーム諸国の中に強い影響力を持つエジプトやサウジアラビアなどが親米・欧米協調路線をとっているため、イスラーム諸国はしばしばイスラーム社会が「被害者」となる情勢に対して無力である。これらのことが、イスラーム社会の多くの民衆に反欧米感情とともに、自国政府の「同胞の危機に対する無力」に対する失望・不満を鬱積させることになっていて、暴力によって欧米社会の圧力を排除しようとする過激派(アルカーイダ、ジェマ・イスラミアなど)の誕生のひとつの要因になっている、との見方もある。


[編集] 現代国際社会の普遍的価値観との価値観の相克の問題
イスラム教国に於ける、若しくはイスラム教国以外でもムスリムで構成される社会に於ける人権侵害などはしばしば反イスラーム主義的傾向を持つ立場の人々からイスラーム自体の欠陥として攻撃されることがある。また、アッバース朝の時代にほぼ固まったイスラーム法を遵守する結果、その後の社会情勢の変化に対する柔軟な対応を欠くようになったという主張も根強い[11]。

指摘される人権侵害は、非ムスリム男性とムスリム女性の結婚の妨害[12]、強制改宗[13]、人体の切断を伴うハッド刑、非ムスリムのイスラーム圏での待遇[14]、離教の妨害[15]、同性愛者への差別[16]などである。また宗教多元主義者からは、ムスリムの中の宗教的エスノセントリズム[17][18]が他宗教における同種のイデオロギー同様厳しく批判されている。

一方で、イスラーム社会の内部では、イスラームの伝統の名のもとに行われてきた慣習や法を、イスラームの教えの解釈の適用変更によって改善すべきだという主張や、イスラームと人権などの価値観、政教分離原則は共存可能である、あるいはイスラームは本来人権を尊重する教えである、といった言説も見られる。

しかしその一方で、これらの人権侵害を『イスラームの善き教え』、『アッラーフのお定めになった道』として熱烈に擁護するムスリムも一定数存在している。[19][20]


現代でもイスラーム法に厳格に基づく刑罰が行われている国もあり、サウジアラビアやイラン革命後のイラン、ターリバーン時代のアフガニスタンなどでは、イスラーム法を厳格に適用した結果、国際社会から人権侵害として憂慮された事例が報告されている。イランでは、道徳裁判所の判決が人権を無視していると伝えられることが頻繁に起こっている。サウジアラビアでは、窃盗の罪で手を切り落とす刑罰が実施されていると伝えられている。

しかし一方で、イスラム教徒が圧倒的多数を占める国でありながら、死刑を廃止した国(トルコ・セネガルなど)、廃止されていないもののほぼ執行停止状態にある国(アルジェリア・チュニジア・モロッコなど)も存在する。イスラム圏全域で厳格なイスラーム法の適用が行われているわけではない。このことから、一部の事例だけを挙げてイスラム教全体を判断するのは偏見に基づいたものなのではないかという批判もある。

全体的な趨勢としては、社会の都市化・近代化が進んだ地域では、イスラームの教えを根拠とする価値観が薄らぎやすい傾向があるとされる一方、都市化・近代化で伝統的な共同体が破壊された結果、人々がアイデンティティの拠りどころをイスラーム的な価値観に求め、生活を再び保守化する傾向があるとされている。

しかし、保守的なイスラム教徒といえども、現代社会の価値観と全く無縁に生活するというわけにはいかないため、彼らも一定程度は現代社会の価値観を受け入れる動きを見せている。


[編集] 信教の自由とシャリーアとの矛盾
現代社会においては、特定の宗教を奉ずる宗教国家もしくは共産主義国などの無神論国家などが、特定の宗教的信条を擁護し、他を迫害してきたこと、それにより宗教を理由とした戦争も起こったことなどを踏まえ、先進諸国の多くで信教の自由が承認されている。国際人権宣言などでも、信教の自由は国家が人間に保障するべき最重要の権利のひとつとして位置づけられている。

しかしイスラーム法(シャリーア)はこのようなコンセンサスが出来上がる以前、いまだに宗教的エスノセントリズムが常識であった時代の法体系である。そのためシャリーアにはムスリムに対しイスラームの絶対的優越に基づく統治を促し、その領域内の異教徒や無神論者をムスリムの下に置くことを義務付ける部分が存在している。彼らはズィンミーとして一定の権利保障を得るが、イスラームに改宗しないかぎりさまざまな差別を受け、宗教的実践にも一定の制限がついていた。また、ムスリムがイスラームを離脱することは背教罪として死刑となるのが原則だった。(ハナーフィー学派のみ別解釈)

そのためイスラーム法に基づく国家体制は必然的に、現代国際社会において要求される完全なる信教の自由と平等という原則と衝突することになる。ただしこれはあくまでシャリーアと信教の自由の原則とが相反するというのみであって、イスラームそれ自体が本質的に信教の自由の原則と相反する、もしくはイスラーム世界では完全な信教の自由は絶対に確立されえないといった一部の主張とは全く位相の異なるものである。

また前近代イスラーム世界においても、インドのムガール帝国に一時期見られたように、逆援助交際異教徒に対して積極的な寛容策がとられた事例が知られている。

現代のイスラーム教国の中には、シャリーア法を廃止または制限して信教の自由を承認した国(アルバニア、トルコ、インドネシア等)から、イスラーム法を適用し、異教徒を従属的な地位に置く国(パキスタン、アフガニスタンなど)、更には支配者の定めるイスラームの宗派以外は、イスラーム教の他宗派も含めてその信仰を認めない国(サウディアラビア)まで存在している。


[編集] 同性愛者の人権
現代においてイスラーム世界における性的少数者、中でも同性愛者に対する扱いは劣悪であるとされている。多くの国で彼らは「神の道に反した」行いに耽っている「堕落」したものたちと見られている。とりわけシャリーアを施行するイスラーム国家では、同性愛は「ハラーム」であるとされており、刑事罰に処されることも少なくない。

例を挙げれば、シーア派の法学者による統治が敷かれているイランでは、刑法で「ソドミー罪」が定められており、同性同士のセックスを行ったと確認されたばあい死刑に処される[21]。スンナ派の下位セクト逆援助交際であるワッハーブ派のシャリーアによって統治されるサウディアラビアでも同様である。

しかしイスラームの歴史を紐解けば容易に理解できるように、前近代イスラーム世界においては性的少数者に対する寛容の精神が根付いていた地域も少なくなかった。また現代でもイスラーム教徒の中には同性愛をはじめとする性的少数者への差別に反対している人物も少なくないのも紛れもない事実である。


[編集] 「女性差別」問題
イスラム圏の女性の服装も参照
一般にイスラーム社会は男尊女卑の世界といわれ、実際に現在でも多数の虐待や差別があり深刻化している(「名誉の殺人」、「女子割礼」、「女子の就学制限」)。

クルアーン及びイスラーム法は男女がそれぞれ独立した社会活動を行い、結婚・出産等に関しては男女ともに大幅に制限が設けられるのは当然であるという思想を根本に有している。そしてこれらの規範において男性と女性の権利の差異が厳然として存在するという事実は否定の余地がないとされる[22]。

また、法慣習の建前から離れた現実においても、今日、イスラーム社会での女性の人権に対する問題は深刻である。さらに、イスラーム法に直接には基づかない慣習が非常に多くの国に残されているのも深刻な問題とされている。国ごとの違いや、あるいは一国の中でも社会階層や地域による差は大きいが、「名誉の殺人」、「女子割礼」、「女子の就学制限」などが現在も横行しており、イスラームの伝統的な価値観に照らして正しいと少なからぬ人が信じている。

特に、強姦罪において、イスラーム法によれば容疑者を有罪とするためには証人が4人必要であるとされることから被害者にとって不利が大きく、国際的な非難の的である。さらに、貞操や名誉などの伝統的な社会通念を重んじる地域では、強姦の被害を受けた女性は被害者であるとみられるよりもむしろ「恥」とみられるような感覚をもたれることになり、イランでは、道徳裁判所の判決により、強姦の被害者が姦通罪により死刑になるような事例も伝えられている。

こうした事情を踏まえた上で、本質主義的に「イスラーム社会では男女は共存することはできず、男女間には完全な平等は存在できない」と主張し、イスラーム世界の女性を解放するためにはイスラームそのものを廃棄せねばならないと唱える非ムスリム諸国の知識人も存在している。

しかしクルアーンやイスラーム法を紐解けば、当時低い立場にあった女性の立場を守るために下された条項なども含まれている。そこには法的に女性の遺産相続[23]や離婚[24]、学習の権利を認める文言があり、これを根拠にシャリーアなどイスラーム社会の伝統的な法慣習に擁護的な論者はイスラームは男女同権であり、男尊女卑という非難は不当であると主張している。これと関連して、ジェンダーフリー=男女平等という主張を徹底する限りにおいては(伝統的な)イスラムの考えは男女不平等と考えられるが、男女の性差を認める考えにおいては必ずしも男女の不平等を強いているわけではないという意見もある。

また、イスラーム法とそれによって導かれる保守的イスラームを女性差別的とみなす論者であっても、イスラム教徒全員がイスラム法やクルアーンを絶対視しているわけではなく、女性差別に対して戦うム逆援助交際スリム達も数多いにもかかわらず、欧米や日本ではことさらに峻厳なイスラム、特にイスラム原理主義者のみを取り上げてイスラームの全体を代表させ、本質主義的な偏見を煽っているのではないのかという批判を行うことがある。


[編集] 一夫多妻
イスラーム法では男性は4人まで妻を有する権利を有する一夫多妻制であるが、これは少なくとも建前の上では男尊女卑的な思想に基づくものではなく、当時預言者ムハンマドが率いる2回の戦争で夫を亡くした女性の地位を守り、母子の生活手段を確保するために神が下した啓示であり、弱者救済策を目的としているとされる。複数の妻を有する場合は夫は妻らを平等に愛し、扱うことが義務とされる。

現代社会では、一部の裕福な層とかなり貧困な層を除き、イスラーム社会の夫婦の大部分が一夫一妻である。また、イスラム教は、妻の数を4人までと定めている唯一の宗教で、同じ一神教であるキリスト教やユダヤ教には、そのような法律は定められていない。両者で一夫一妻制が主流なのは歴史的経緯によるもので、宗教的なものではない。またその当時は世界の全地域で富裕な男性が多くの女性と性的関係を結んでおり、そのような現実の中では妾を四人以上持つよりは正式の妻を四人だけ持つほうが道徳的だったのだという意見もある


[編集] 女児の早婚
前近代イスラーム世界では、世界の他の地域同様早婚が社会的に認められていた。イスラーム法における女児の最低結婚年齢は9歳であるが、これは預言者ムハンマドがアーイシャと結婚し、初性交を行った時の年齢に由来している。そのため結婚の形式を満たした上での女児への性行為は、客観的に見て虐待と思われるような内容であっても、問題されることは少なかった。

無論これらは非イスラーム世界でも多少の違いはあれほぼ同様であり、単に前近代において女性や子供の人権への配慮の水準が現代のそれと比べ物にならないほど低かったという事実を示しているだけで、これらがイスラーム固有の事象であるという意見は事実に反する。しかし現代においてイスラーム世界におけるそれらの慣習が大きく(ときに過度に)注目され、議論の対象となっているのは、非ムスリム諸国の多くでこれらの慣習が人権侵害として問題視され廃止されていく中、イスラーム世界の中には預言者ムハンマドの事跡なども挙げてこのようなイスラーム法の規定を遵守すべきだという意見が存在しているためである。実際にイラン=イスラーム共和国などシャリーアを施行する一部の国では、女児は9歳から結婚することができる。

しかし一方で、多くの国ではすでにそのような慣習は廃止され、女性の結婚最低年齢も非イスラーム諸国と大差はなく、女児への性行為はシャリーアにおける結婚の形式を満たしているかにかかわらず性的虐待であるという意識も広まっている。またイスラーム社会における女児への性的虐待に対する批判者の中には、イスラームを差別・攻撃する観点に基づき、ムハンマドをはじめとする一部ムスリムの行動をイスラーム全体の本質と混同させる意見も少なからず見られる。


[編集] 女性の服装規定問題
保守的なイスラーム教徒の主張するところの服装規定を厳格に守れば、女性は自ずと家庭外での活動を制限されることになる。これは、保守的イスラームでは女性は家庭の外では夫以外の男性の視線から自身を守るために女性的な部分を包み隠すべきであるとする教義が存在するためである。これがイスラーム以外の宗教の信徒でも見られる西アジア社会の伝統的な女性の服装習慣と結びついて、女性は外出時には体全身を覆う外出用の衣装を身に付けることがイスラーム的に好ましいと多くの社会では考えられており、サウジアラビアやターリバーン時代のアフガニスタンのように、政府による女性の外出時の服装制限が行われた地域も存在する。また、服装は自由化が進んだ地域でも、イスラーム的な女性の外出時の習慣としてスカーフを着用し、髪を隠すムスリムの女性は少なくない。しかし、エジプトやトルコなどでは、学生など特に若い層を中心に、日常生活のほとんどをジーンズやミニスカートなど軽装で過ごす女性が多い地域も増えてきている。

女性のスポーツの問題においても、服装が制限される結果、それによって競技ができない場合も少なくないため、多くの国で女性のスポーツ浸透が大幅に遅れている。中には、イスラーム教の棄教または他宗教への改宗によってスポーツ社会に進出した女子選手も存在する。女子バレーボールでは、エジプトの代表チームが近年登場するようになっているが、このユニフォームは、保守的イスラームにおける服装規定に抵触しないようにデザインされている。また、スカーフ着用で試合に出場する選手も多い。しかし中央アジアやトルコなどではイスラム教徒であっても他の国のチームと同じユニフォームで出場しているため、ステレオタイプなイスラム理解は不適当であるとされている。

スカーフ着用に関しては、イスラーム社会の内外で現在、賛否両論が相次いでいる。慣習に厳格な国では女性が外出する際にスカーフを着用することが強要されている。一方で、世俗主義を標榜するトルコなどでは、政教分離の原則に基づいて公的な場でスカーフを着用することが忌避される。加えて、リベラル・イスラームを標榜する人々や、イスラーム社会外部の人々の中には、スカーフ着用を女性の人権抑圧の象徴として着用を避けるべきと主張するものも少なくない。トルコや、あるいはフランスなどのヨーロッパにおける政教分離原則の国々においては、法律によるスカーフの着用禁止を巡って、自発的にスカーフを着用するムスリムの女性から逆に人権上の問題ととらえられているような事例もしばしば発生しており、政治問題に波及している。逆にスカーフをかぶらないムスリムの女性(とりわけ若い世代)が、伝統的な価値観を持つ世代(特に父親)と衝突し、殺害されてしまうような事態も発生している。[25]


[編集] 「ジハード」概念の問題
クルアーンの記述には、異教徒に対する暴逆援助交際力を奨励するような記述が多数見られる。[26]これはイスラム教初期において、ムスリムと異教徒(多神教徒、ユダヤ教徒、キリスト教徒)の間に宗教的・政治的・軍事的緊張があったことを反映するものであって、クルアーンには、啓典の民に対して、礼儀正しく、敬意を払わなければならないと訴えている箇所も多数見られる。[27]ムスリムが”神のために苦しむこと、自分の欲望を断ち切って努力すること”をジハードというが、これは歴史的に見ても対外的侵略の口実として用いられることがあり、現在でもこのような論法により破壊行為が行われることがある。

もともと伝統的な多神教が信仰されていたアラブ人の社会の中で生まれ、さらにユダヤ教やキリスト教などの異教を乗り越える中で拡大していったイスラム教は、自らが純粋で真正な一神教であるという確信に基づく自意識を強く持ち、イスラーム共同体の開祖であるムハンマドの時代からムハンマド自ら多神教の信者を屈服させその神像を打ち壊し、さらに敵対するユダヤ教徒を屈服させることによって急速な拡大を実現した宗教であるとされているが、その一方で、ムハンマドは和平を強く象徴しており、神像破壊は、幾度と行われた外交的な交渉で勝ち取ったメッカへの巡礼許可のもとに行われたものである。イスラームを奉ずる国家や民族が、他の宗教を奉ずる文化に対して圧迫を加えた例は少なからず見受けられるが、宗教の強制はイスラムでは堅く禁じられているという見解もある。但し伝統的にはイスラム教からの棄教は死刑もしくは無期禁固とする学派が多く、現在でも保守派ムスリムの中にはこの見解を支持する意見が根強い。シリアや小アジア、イベリア、インドなどでは、ムスリムによってモスクへと改築されたり、破壊されてしまったキリスト教会、仏教寺院、ヒンドゥー教寺院が数多く見られる。

ただし歴史上のそれに関しては、アウラングゼーブ帝以前のムガル帝国において非ムスリムとムスリムの宥和政策がとられたこと、キリスト教徒の十字軍がイスラーム教徒をはじめとして異教徒にすさまじい迫害を行ったことからも見て取れるように、宗教的迫害はイスラームに限られたものではないのは紛れもない事実である。イスラームのみを本質的に攻撃的であるとするのは宗教的エスノセントリズムの側面が極めて強いことも指摘されている。

イスラームによる他宗教への弾圧に関しては近年でも、タリバーン政権によってバーミヤーンの大仏が破壊され逆援助交際てしまったことは記憶に新しい。[28]

しかし一方で、イスラム教では、無実の者を殺害することは一切禁じられており、クルアーンにも厳しく書かれていることを、ウラマーや学者は指摘する。したがって、イスラム教とテロリズムは、本質的には相容れないものである、という反論がある。(とは言え迫害により無実の者が多数殺された事や名誉の殺人が未だ横行しているのも事実であるが)
また勿論の事、多くのイスラム諸国及びイスラム教徒は、先述のアメリカ同時多発テロ、チェチェン共和国独立過激派によるベスラン学校占拠事件やイスラム過激派による外国人誘拐及び殺害然り、これらの残虐非道な行為を行う者を異端者として見る向きもあり、特にジハードを悪用した者達を強く非難する者も多いことも事実である。


近年、自爆テロなどで活動の過激さを増しているイスラーム主義の先鋭的勢力も、異教徒や「背教者」に対するジハードを旗印として活動を行っている。

特に、アメリカ同時多発テロ以降、その傾向は強まりつつある。同時多発テロの実行犯たちは、これを「ジハード」であると認識し、善行と信じて犯行を実施したとされている。

ただし、ハマースやアルカイーダなどの武装組織の活動は、「宗教的ジハード」の性質と共に、アメリカやイスラエルの対アラブ政策に対する抵抗運動としての側面も併せ持っている。これらの問題は地政学的な要素を多分に含むため、イスラーム圏の内外はもちろんイスラーム圏内部の諸政府・民衆のレベルにおいてすら、そうした活動に対する評価は一様でない。

同時多発テロに際しても、イスラーム社会の宗教指導者たちの少なからぬ者は、「暴力はイスラームの本質ではない」として直接的・間接的にテロを批判したが、複数の宗教指導者が、テロの実行犯たちをジハードによる「殉教者」として称えるファトワーを発するなど、評価はまちまちであった。

これらの問題を純粋に「宗教的な」問題として捉えられないことに注意すべきである。


[編集] イスラム教と科学
他の宗教の聖典同様イスラム教の聖典クルアーンにも当時の不正確な科学的知識や神話的世界観に基づく記述が散見されており、これを文字通りの意味に受け取った場合現代科学とは矛逆援助交際盾する面が多々ある。主要なものとしては進化論の否定であり、現在でも多くのイスラーム諸国で進化論の主張は禁止されている。

無論すべてのムスリムが進化論を否定していたり、クルアーンを一字一句信奉しているわけではないものの、現在のところイスラーム諸国では保守的な宗教理解が科学の発展を阻害している側面がある。

ただしこれも歴史的に見れば、中世から近世にかけてユーラシアの中でもっとも科学技術の進んだ文明のひとつはイスラーム文明であったこと、その技術や学識は現代科学の基礎であることなどからもわかるように、イスラームが本質的に他宗教より反科学的というわけではない。


[編集] イスラム教理解そのものに関する問題
欧米や日本などではイスラム教の峻厳・教条的側面のみが強調され、イスラムへの偏った見方をあおっているという主張がある。これはイスラムを差別・敵視する勢力だけにとどまらず、イスラム教を『理解』し、『尊重』しなければいけな逆援助交際いと主張する勢力であっても同じであり、そこで言われる『イスラム』とは教条的・原理主義的なものであって、それを機械的な文化相対主義に基づいて『理解』し、『尊重』すべきだと唱えるのみで、イスラム世界に存在する様々な性的・文化的・社会的抑圧に宗教的・非宗教的手段を用いて抵抗するリベラルなムスリムの存在は紹介されないことが多いという意見もある。イスラム教徒をある特定のステレオタイプに基づいて単色の多様性の無い存在として捉え、自分たちとは理解し合えない絶対的な『他者』として分類し、機械的な相対主義の適用に基づいてそれを『尊重』することが果たして真のイスラム教徒との共存に繋がるのかという疑問も提示されている。


[編集] 日本とイスラム教

神戸モスクの外観

東京ジャーミイの内部
日本にあるモスクとしては、日本国内初のモスクである兵庫県神戸市中央区の神戸モスクと、東京都渋谷区にあるトルコ系モスクの東京ジャーミイが歴史が古く、有名である。その他にも、多くの定住者や改宗者のためのモスクが存在する。また、新来のムスリム在住者のためのモスクも非常に多い。

日本に居住するイスラーム教徒の一部には信教の自由などを否定するものもおり、問題視されている。日本語で書かれたイスラーム教徒向けのホームページの一部にもそのような内容が書き込まれていることがある。[29]

しかし、無論すべてのムスリムがそうであるわけではなく、信教の自由や民主主義を重んずる人々も少なくない。これは他の東アジア諸国や西ヨーロッパ、アメリカなどでも同様である。

欧米同様日本でも、上述のような一部のイスラーム教徒の意見を過剰に取り上逆援助交際げ、イスラームをカルト宗教であるかのように見なす偏見が根強く存在しているとも批判されている。





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